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2006.07.31

3匹に斬られる!?

3匹に斬られる!?

らすかるちゃん(以下ら):ありさちゃんおきてー、あそぼー(藍璃紗を手でバシバシ)
ちょび(以下ち):ありさちゃん、またおひるね?
ら:ありさちゃーん、たいくつだよー(藍璃紗に頭突き)
ち:そんなもんじゃおきないって
HONDA君(以下H):藍璃紗ちゃんはお仕事しないの?
ら:まえはね、あさどたばたいってきますしてね、くらくなってからただいましてたよ。でもね、しょっちゅうけいたいでおくれていきますとか、おやすみしますっていってた
ち:ちょびはね、ありさちゃんがおしごとしてるのをみたよ。とうきょうのおおきいきれいなびるでね、つくえにむかってむずかしそうなほんをよんだり、ぱそこんしたりしてた。でもみんなよりおそくきて、おひるにかえっちゃった。それなのに、2しゅうかんでこなくなっちゃったんだ
ら:そうだったね。ありさちゃん、おしごといきたいのにいけないって、おうちでないてたよ
ち:それからちょびははんとしいじょうありさちゃんのつくえのうえでまってたんだ。そしてなつのあついひ、ありさちゃんがきたんだけど、なきそうになりながらはこにいろんなものをつめてた。ちょびもはこにいれられちゃったよ。
H:そうか、そのときお仕事辞めちゃったんだね。それからは?
ら:ときどきおでかけしてたけど、あるひからおかあさんのいるおうちにかえってもどってこなかったの。ちょびもらすかるちゃんもほったらかしにされちゃったの
ち:あのときはさびしかったね
ら:ちょびはすぐつれてってもらえたでしょ。らすかるちゃんはずーっとひとりぼっちでもっとさびしかったんだよ
H:僕がこの家に来たのが、藍璃紗ちゃんが二人のところに行けなくなった頃かな。藍璃紗ちゃんて元気ない人だって思ったよ。
ら:ありさちゃんはね、うつっていうごびょうきなんだって。だからいっぱいおくすりのんでるの
H:僕は藍璃紗ちゃんの元気な姿を見たことないんだ。早く治るといいね。
ち:やってみたいことはいっぱいあるみたいだよ
H:じゃあ、きっと元気になれるね。藍璃紗ちゃん、頑張れ!
ら:あ、ほんだくん、だめだめ、がんばれってことばはね、ありさちゃんみたいなごびょうきのひとにはぷれっしゃーになっちゃって、かえってよくないんだよ
H:そうなの?ごめん、気を付けるね。じゃあ、僕達はどうしたらいいの?
ち:いつもどおりみまもってあげればいいんだよ
H:そうだね、うん、解ったよ。
ら:でもみまもるだけじゃつまんなーい、ありさちゃーん、あそぼーよー(藍璃紗のお腹の上でジャンプ)
H:それもそうだ、ちょび、起こすの手伝おう(藍璃紗の耳元でキャンキャン)
ち:そうだね(藍璃紗の顔をペロペロ)


本当にバシバシ、頭突き、ジャンプ、キャンキャン、ペロペロ、してくれたらいいのになぁ(藍璃紗)

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2006.07.28

今の主治医

今の主治医

前記事「空白期間」にも書いたが、母の直感に従った。
徒歩圏内にも一度セカンドオピニオンを求めに行ったクリニックがあり、そこの先生もよかったけど、混むと診察を早く切り上げられてしまうというのがネックだった。
他にも、市内にはいくつかクリニックはある。
その中から母がタウンページを見て選んだのは、脳神経外科に他の科がいくつか併設されている医院だった。当時の私は判断力も低下してたし、連れて行ってもらえる(車で20分強)ので、そこに行ってみることにした。

利点:
1.一般の精神科専門医だと、初診時は問診票にたくさん書かなければならないけど、小さな準総合病院(?)のため、全科共通の問診票で記入がすごく楽だった。初診の必要情報は医師が直接質問してくれた。
2.予約制ではないことと、精神科の患者さんがそう多くないらしいことからか、結構長い時間話しを聞いてくれる。
3.母が毎回付き添ってくれる。母の理解も飛躍的にup。
4.医師の人柄がとてもよい。偉ぶってないし、笑顔がさわやか(これは私情?)とにかく、安心して話しが出来る雰囲気づくりがうまい。

欠点かも:
1.その医師が脳神経科の患者さんも診てるみたい。専門はどっち?
2.自力で通う場合、電車2駅、そこから徒歩15分又はバス(ちなみに自宅〜最寄り駅は徒歩7分)。

両刃の刄(こういうときどう言うんだっけ?):
1.母はとても弁が立つ人。気付くと母主体で話しが進んでいて、後から「私何話したっけ?」と思うことも。
2.脳神経外科だから、マッサージ関係も充実している。それを自立支援法適用の1割負担で利用できる。そして、マッサージ師が話した感じのいい若い男性で、うつの治療も受けているとのことなので、メールアドレスの交換に応じてしまった。そうしたら、勘違いをさせてしまったらしい。完全に私の大失敗。結局、そこでのマッサージ治療は避けている。

総合評価:半年通ってみて、現時点では、いい病院を見つけることができた、と言えると思う。このままよくなれればいいな。

最後にHONDA君から一言あるそうです。「藍璃紗ちゃんの先生はいい人です。この前初めて藍璃紗ちゃんのかばんにぶら下がって病院に着いて行ったとき、先生は開口一番『かわいいのが2匹付いてますねー』と、僕とホワイトを歓迎してくれました。僕達が藍璃紗ちゃんの心の支えになってることも知ってくれたみたいです。」

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2006.07.14

空白期間のこと

「体調不良」の記事を書いた頃は、確かにキツかったけど、アパートで一人でとりあえず生活できていた。そのうち、いつもどおりの「なんとなく良いような悪いような」で、アパートと実家を行き来しながら2005年の10月〜11月中旬を過ごした。その間、気分転換にと、一泊一人旅(青森奥入瀬渓流と十和田湖)に行ったり、日本刺繍の体験講座を受けたりした。

インターネットで見つけた、「うつが治った人もいる」という鍼灸治療院にも行ってみた。そこの治療方針は長い目で見て少しずつだったようで、他で受けたことのある鍼治療のように一度で肩凝りスッキリ、という感じではなく、電車とバスを乗り継いで行くのでかえって疲れる気もした(片道正味1時間弱位でそう遠くはないのだが)。

その鍼治療の3回目の予約の日、実家から行く予定だったが、どうしても起きられずにキャンセルした。その日からアパートへ行くこともできなくなり、実家でほとんど寝てばかりの生活になってしまった。

実家からそれまで通っていたメンタルクリニックへは片道2時間近くかかる。転院を余儀なくされた。母がタウンページで当たりを付けた所へ連れて行ってくれたのだが、大成功!(新しい主治医については改めて書きます。)このとき2005年11月の終わり頃。

それから、ほぼ毎日横になって過ごし、気が向いたとき、用事ができたときに、たまに外出する、という生活を送り、今日に至る。

この半年間が、もしかしたらこれまでのうつ歴で一番辛かったかも知れない。何の目的も見い出せず、ただ命を長らえらせるだけの毎日。自分が泣いただけでなく、母まで声をあげて泣かせた。

まだ体は動かない。今後こんなことができたら、という「夢のまた夢」はいくつかあるけど、具体的な実現可能そうなものはまだない。でも、「何かしたい」という気持ちは最近出て来ているように思う。

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2006.07.05

引越し実況by3匹

引越し実況by3匹

05:30
HONDA君(以下H):Tちゃん(藍璃紗母のこと。3匹にはこう呼ばせることになった)が起こしに来たよ。らすかるちゃん、藍璃紗ちゃんを起こして。ちょびも起きて。
らすかるちゃん(以下ら):はぁい。ありさちゃんおきてぇ〜むにゃむにゃ
ちょび(以下ち):zzz
H:二人ともしっかりしてよ〜

06:00
ら:♪ふんふんふん♪らすかるちゃんは〜ぽしぇっとさげて〜おぼうしかぶって〜おでかけだ〜♪
母:それじゃ、らすかるちゃんとちょびとHONDA君はTちゃんのお部屋でお留守番しててね。
ら:えぇー、つれてってくれないの?
ち:Tちゃんのお部屋で?
母:そう、お姉ちゃんのお部屋にいると引越し屋さんの邪魔になっちゃうからね。
H:留守番、承りました。
藍璃紗(以下あ):じゃ、みんな、行ってきまーす。

10:30
(どたどたどたどた)
ら:うゎ、なになに、なんのおと?
H:引越し屋さん、もう着いたんだ。
ち:あ、ありさちゃんのおっきいつくえ、ひぇー、だんぼーるばこがつぎからつぎへ…

11:00
ら:ありさちゃん!おかえりなさ…ちいさいおねえちゃんのおへやにいっちゃった
ち:ありさちゃん、すごくつかれてるみたい
H:それに泣きそうに見えたよ。

11:30
H:引越し屋さん、帰ったみたいだね。
ら:ありさちゃん、おつかれさま
あ:うわ〜〜〜〜〜ん
ら:おーよしよし
H:今まで泣くの我慢してたんだね。
ち:いっぱいなきなよ
母:ずいぶん早く終わったね。
あ:うえ〜〜〜ん
母:何も泣くことないじゃないの。無事終わったよ。
あ:うん、べそべそ
母:(藍璃紗の肩をポンポン)


以上のように、雨の中、引越しは終了した。自転車を積み忘れるというハプニングもあったけど、予定よりずっと早く終わって、3匹と一緒にいっぱい昼寝した。
半年以上実家で生活していたから、実質は変わってない。でもアパートを借りることは自分の中で自立の象徴になってたんだと感じた。今はその象徴がなくなったという喪失感があるけど、少しずつでいいから、これが新たなスタートなのだと切り換えて行こう。

お父さん、お母さん、いろいろありがとうございました。随分楽させてもらえました。まだまだ寄りかからせて下さい。完解に向けて進んでいきます。たくさんの段ボール箱に囲まれて…

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2006.07.04

楽譜

引越しは明日。普通の引越しは前日は引越し前の部屋で荷物に囲まれて過ごすものだが、私が今居るのは引越し後の実家。妙に落ち着かない。

今回の引越しを機に処分を決心できたもののひとつが、ブラスバンド、オーケストラ、アンサンブルで使ったパート譜。
これらは、当時の指揮者からの指示や仲間とディスカッションしたこと、気持ち悪くなるくらい何度も合わせてひとつひとつの和音の響きをチェックして知った自分の音程の癖、などなどを書き込んだ思い出のつまった品。また、いくつかのオケ、アンサンブルグループを渡り歩くと、やったことのある曲を再演することがよくあり、以前の書き込みが役に立ったものだ。
トロンボーンを吹かなくなって1年半、でもトロンボーンはやっぱり好きだし、これからもうまくなりたい。また大勢の人の中に入っていけるようになったら、元のオケに復帰するかも知れない。
それでも処分することにした。その理由は、すべてコピーしたもの、すなわち、著作権法違反したものばかりだからだ。
普通、バンドは、まず演奏する曲を決めてから、譜面を入手する。もちろん購入するが、入手困難な曲だった場合、予算不足の場合、さらには安くあげたい場合、他のバンドから借りてコピーする。ここで著作権法違反1回目。
そして、そのコピーはバンドの蔵書となり、メンバーにはそれをさらにコピーしたものが配られる。ここで著作権法違反2回目。
つまり、私の手元にある楽譜は、1回目は購入で違反をクリアしていたとしても、少なくとも1回(=上記の2回目)の違反をしたものなのだ。どうかすると、あちこちをたらい回しされ、3つくらいのバンドの蔵書印が押してあるのもある。
ここまで書いてきたことは、日本のアマチュアバンドでは常識となっている。学校の部活でも同じ。顧問の音楽教諭がコピーさせてたりする。
しかし、上記著作権法違反2回目については止むを得ない事情もあるのだ。原本は購入したと仮定して話しを進める。
本来ならその原本を各人に配るべき。しかし、アマチュアの1曲当たりの練習期間は長い。原本を配ってしまって、もし万が一紛失等してしまった場合、一般にパート譜のバラ売りはされていないから、もう1セット購入しなければならなくなる。
ならば、練習の都度配布・回収すればいい。しかし、市民バンドの練習は大抵週1回だから、いくら練習期間が長くても、公式練習日以外に個人練習しなければ間に合わない。学校のバンドならその都度配布・回収できそうだが、運動部のようなマネージャーがいないのが普通だから、配布・回収・管理はプレイヤーでもある係の生徒の担当となる。これではその生徒は楽譜の整理に追われて練習出来なくなってしまう。
専用の練習場があり、専任のライブラリアンがいるプロならクリアしやすいこの問題。アマチュアのために著作権法や出版社の方でなんとかしてもらいたい。パソコンデータのように一部までバックアップコピーしていいとか、全パート譜のバラ売りを始めるとか。最初から蔵書をコピーで入手するのは論外として。
ちなみに、私が所属していたオケは原本を買う方針だった。各人に配られたのはコピー譜だったけど、出版社によっては弦楽器のみパート譜のバラ売りがされていて、希望者には原譜を手配していた。管打楽器のパート譜のバラ売りはなく、原譜を使える弦楽器の人がとてもうらやましかった。
私がこんなことを言うのも資格上著作権法の知識があって、オケでライブラリアンをやったことがあるから。大抵の人は日常的に著作権法違反をしていることすら気付いていない。

うーん、久しぶりに頭フル回転させて疲れたわ。不安も少しは紛れた。

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2006.07.02

人に頼ること、私の心境

人に頼ること、私の心境

実家への引越しまで既にカウントダウンに入っている。私は処分する物を見ては泣いたり、母の対処が不満でイラついても「全て任せたのだから」とそのイラつきを飲み込んだりしている。実際、母は大変よくやってくれている。しかし、私の意向を尊重してくれる風に「どうする?」と聞いてきても、母の中で結論は固まっていて、私が提案しても母の考えのとおりに「じゃ、こうするから」と決められてしまう。どんなに丁寧に理路整然と意見を述べても聞き入れてもらえない。何だか上から押し付けられてる気がするのだ。『任せるってこういうことなの?!』とストレスがたまってきていた。この「上から」感のストレスを、端から見て変な行動を取ろうとして、それに対して母に「下から」止めることを懇願してもらうことでバランスを取ろうとしたが、昨日は失敗した。

アパートの引越し前、最後の片付けを昨日にするか、今日にするかで負け、昨日に決定。母は一昨日夜遅くまで用事があったから疲れてるだろうと私は今日を主張したが、母は降水確率の低い昨日を主張。「疲れてるでしょ」と言っても「大丈夫」と言われてしまえばそれ以上言えない。そこで私は奇行に出てみた。

前回記事ご出演の3ぬいをリュックサックに顔が上から出るように入れて(元から盲導犬のマスコットがついてるから4ぬいだ!)、「支度できたよ」と声をかけたら母は大爆笑。「本当に連れて行くの?」「うん」ちなみに移動は車です、念のため。そこで「窮屈そうでかわいそうだよ」ではなく「お願いだから、止めようよ」とやさしく言って欲しかった。そう言ってもらえれば今回は止めたのに(暇なときに近場の外出ならやったかも?!)しかし、母は病気だから仕方ないと思ったらしい。母も疲れてるし引越しだけでいっぱいいっぱいだから頭が回らないのはわかる。仕方ない。でも病気のせいにして諦めるのはひどいよ。

結局私はぬい達とのドライブを満喫した。リュックサックから顔だけ(らすかるちゃんは尻尾も)出してる姿はとっても可愛かった。ぬい達も車窓の風景を楽しんだようだ。

引越し準備もアパート側はほぼ万全。パソコンのバックアップが間に合わなかったから前日から泊まるかも。

この引越しの一連の物事で人に頼ることを覚えようとしたけど、うまくいかなかったと思う。今回は身内に対する甘えもあったろうし、またこれからの課題だな。

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